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咲とやま裕二&千穂

Author:咲とやま裕二&千穂
丁寧に豊かに、できるだけ自分の手で暮らしをつくりたい。子どもをもってから、暮らしや考え方がシンプルになってきました。

2010年秋、広島市安佐南区沼田町の山里、戸山にUターン。家族3人、農の暮らしをはじめました。
オットの裕二は地元の「農事組合法人 戸山の郷中王」の職員として農業に取り組むかたわら、「咲とやま農園」農園長として無農薬・無化学肥料の野菜づくりに勤しんでいます。
ツマと子1号・ハル、2号・ユキ(2012年7月に誕生!)は森のようちえん まめとっこでのびのび育ってます。

●咲とやま(さとやま)農園●

森から田畑、川、海、そしてまた森…の循環と、私たちの心と体をつくる食べ物や環境を大切に考えて無農薬・無化学肥料で野菜や米を育てています。
モットーは「家族に食べさせたい安心安全な野菜づくり」。季節ごとの自然の恵みを生かした少量多品目栽培です。
地元・戸山をパッ!と盛り立てたいという想いと、里山の恵みをいただいた農と暮らしを目指して命名。広島市内中心部から高速4号線利用で約30分の「一番近い田舎」の戸山は、6月にはホタルも舞う、きれいな山里です。


げんぱつくん、ありがとうおつかれさま。わたしたちはげんぱつなしでくらしたい。

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いのちがふるさとに還るとき

2011.06.18 02:47|かぞく・こども
祖母が亡くなりました。
第2次世界大戦中は満州に渡り、お金持ちの家の女中として過ごし、
日本に引き揚げてきてから二十歳くらいで10も年上の祖父に嫁ぎ、ずーっと戸山に暮らした祖母。
その頃の祖父は、もうすでに髪の毛が薄く、祖母から見たらオジサン。
なんでこんなところに嫁がされたのか…と泣いたそうだけど、
その後4人の男の子を産み、苦労しながら育てた祖母。

ここ7、8年くらいは認知症になり、6年前に祖父が亡くなってからもリウマチの持病を抱えながら
それでもデイサービスに行ったりショートステイをしたりして外との関わりを持って、
それはそれは楽しそうに幸せそうに暮らしていた祖母。昔はこわかったんだけどね。

それがおととしかな、去年かな?
デイサービスの送迎の車が前方不注意で急ブレーキを踏んで、
その拍子に祖母は前に投げ出されて、ひざの骨を折りました。
それから歩くことができなくなって入院、その後も歩けるようにはならず福祉施設に入所。
リハビリをして一時は歩けるようになっていたんだけど、今年に入ってから体調を崩しがちになり
ここ3ヶ月くらい、何も飲まず食わず、点滴で栄養をまかなっていました。

5月のはじめに一度危なくなって、子ども4人と孫(私らね)数人が
覚悟して集まったんだけど、奇跡的に持ち直して今日(昨日か)まで来ました。
覚悟して行った5月のあの日、面会カードにばあちゃんの名前を書きながら、
もうばあちゃんの名前を書いて会いに来るのは最後かもしれないと泣きそうだったけど、
昨日までの間、何度も何度も面会カードにばあちゃんの名前を書けた。
具合がいい日もあれば、悪い日もあったけど、ときどき話したりもできた。
認知症だから名前はわからなかったりするんだけどね。それでもよかった。

この1週間くらい、具合がよくなくて、
元看護師だった母はもう覚悟したほうがいいって言ってて。

5日くらい前には、不思議なことが起きた。
夕方、両親が祖母のところに行っている時間、
私が晩ごはんをつくりながらハルと留守番していたとき。

台所に立つ私のそばに座って一人遊びしていたハルが突然掃き出し窓のほうに向かって
「もう、そっちに行っちゃダメでしょ!」「そっちはダメってば!」って言い出した。
どしたん?って聞いたら、「人がおる」って。
どんな人?って聞いたら、「ばあちゃん。病院のばあちゃん。」って。
「ここにおる」「あ、こっちに来た」って空間を指さす。
おっとーーーーと思いながら、そうなん、ばあちゃんどんな感じ?って聞くと、
「きれいなばあちゃん」って答える。

ハルは病院(施設)にいて具合悪そうに寝ている祖母の記憶しかないだろうに、
きれいなばあちゃんという言葉が出たから、これはばあちゃんが
ちょっとよそゆきの格好をして家に帰ってきたんだなぁって思った。
おしゃれさんだから、ちょっとかわいい服を着て、化粧でもして来たかな?

そしたらハルがみかんを指さして
「え、これがほしい?」「母さん、ばあちゃんがみかん食べたいってー。あげてもいい?」と言う。
いいよ、と答えたら、はいどうぞって渡すふりをして、
それから今度は隠してあったかりんとうを手にとって
「これも?」「ばあちゃんがこれも食べたいってー。いい?」と続ける。

みかんを食べたいがためにそう言ってるんじゃ?!(ハルはみかんが大好物)って思ったけど
みかんを食べようとはしないし、かりんとうもそこにあるのを知らなかったはず。
結局、かりんとうをばあちゃんと分けて食べんちゃい、と言ってあげたら、
お皿に入れて床に座ってハルが食べ始め、こんなことを言った。
「ばあちゃん、病院に帰ってから食べるんとー」。
それからしばらくして、ばあちゃんは帰ったらしい。たぶん、みかんとかりんとうを持って。

ああ、長いこと帰っていなかった我が家に、帰ってきたかったんだ、と思った。
ああ、よかったって。


祖母が亡くなって、明日(日付のうえでは「今日」)の夜がお通夜で、翌日が葬儀。
戸山のうちの地区では、家で葬儀をするのがまだ普通で、
地域の人が家族の食事をつくってくれたり祭壇に飾る花を和紙でつくったりしてくれる。
「がち」と呼ばれるまとめ役が全体の手配とかをしてくれて。

そして、うちの地区では、火葬も地域で行う。
集落の上のほう(うちから坂道をずんずん上ったところ)に共同墓地があって、
墓地の上のほうにちょっとした火葬用の施設があって、野焼きできるようになっている。
6年前の春、祖父が亡くなったときは、
葬儀が終わってからみんなで棺をみこしのようにかついで坂道を上り、
火葬するところに棺を置いて、わらを周りにたくさん置いて(やり方が決まってる)、
家族みんなで火をつけた。
そうして、一晩、地域の人が見守ってくれる中で火葬する。
山の間から、大切な家族を火葬している煙が空にのぼっていくのが見える。
翌日、お骨を拾って、灰のようになって拾えないぶんは家族が箒で掃きとり、
火葬場のすぐ裏の山に掘ってある穴に入れる。
その穴には、これまで亡くなった地域の人のお骨の灰が同じように重なって入っていて、
苔や小さな樹の芽が先客のお骨から顔を出している。
そこに、祖父の一部も入って、ふるさとの大地の一部になった。


祖母が亡くなって、悲しいけど、なんだかホッとした気持ちでもあるのは、
祖母が苦しみから解放されたことの安ど感ももちろんあるのだけれど、
家族だけでなく、これまでお世話になった地域の人みんなに世話をしてもらって、見送られて、
生き、暮らした土地の大地や空に還っていくのを知っているからだと思う。
まさにふるさとに一体になるんだ。

私には、戸山のお葬式は、幸せに見える。
煙になって、灰になって、空になり大地になり、
その一部がきっとまた地域の人のからだや野菜や米や森や川の一部になって、
ひとつになって廻っていく。

今は下の和室で眠っているばあちゃんも、もうすぐ、ふるさとに還っていく。
ホタルもたくさん飛ぶ、この季節に。
悲しいけど、なんだかうれしいのだ。


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コメント

おばあちゃんこの世から旅立ったんだね。

野で皆に焼いてもらい、大地に帰る事が出来る地域で暮らすのいいな。
 

ありがとう

けーこちゃん、ありがとう。
野焼きって、子どものころは怖いイメージだったけど、大人になって、家族を野で見送る経験をして、いいものだな~って心底思うようになったよ。
こないだ沖縄旅行に行ったときは、沖縄のお墓に目を奪われてしまった。お墓が小さな家みたいに、大きいんよね~。今はもうすたれてきてるみたいだけど、風葬の風習があるんだってね。それも自然に大地に還る弔いだなぁと思ったよ。
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